体外受精や顕微鏡受精で生まれた子は、自然妊娠で生まれた子に比べて、先天異常や発達障害の可能性は高くなるのでしょうか?
不妊治療が一般的になる中、世界各国で様々な研究報告があげられており、確実な結論ではないせよ「何かしらのリスク」が生じる可能性があります。
今回は議論の余地が残る結果も含めて、不妊治療で生まれた子の予後について、どのような障害が考えられるのかまとめました。
体外受精や顕微鏡受精を考えているけど、子どもが先天異常やダウン症にならないか心配…という方の参考になればと思います。
目次
日本における体外受精児と先天異常
世界初の「試験管ベビー」として1978年7月25日に誕生したイギリス人女性と、同じく体外受精で誕生した妹も含めて、自然妊娠で子供を授かっています。
このように現段階の報告では、体外受精の治療による出生児に「明らかに異常が多くなる」ということは証明されていません。
しかし革新的な技術が次々と生まれている不妊治療の世界。
先のステップへと進むにあたって、不妊治療におけるリスクについて医師による十分な説明と、夫婦間による話し合いがますます重要になってきます。
体外受精で生まれる子は増え続けている
体外受精による出生児は全世界で400万人を超えたといわれ、日本産科婦人科学会は体外受精によって国内で5万4,110人の子どもが生まれたとの調査結果をまとめています(平成28年/総出生数は97万6,978人・厚生労働省)。
つまり約18人に1人が体外受精で生まれた計算になります。
40年ほど前に初期の体外受精による出生児の多くが成人を迎え、また次世代の児を自然妊娠で得ていることが報告されています。
しかし体外受精による技術革新は続いており、新たな治療によって生まれてくる子の長期予後については不明な点も多いのが実情です。
出産時における先天異常の割合
現在まで体外受精児、新鮮胚・凍結胚による出生児における先天異常の発生率の上昇は認められないという報告が大半を占めています。
2015年度の新鮮胚を用いた治療成績
移植総回数 28,388回
移植あたりの妊娠率 22.6%%
妊娠あたりの流産率 26.0%
胎嚢数多胎率 3.1%
2015年度の凍結胚を用いた治療成績
移植総回数 169,898回
移植あたりの妊娠率 33.2%
妊娠あたりの流産率 26.4%
胎嚢数多胎率 3.2%
2015年度の凍結融解未受精卵(卵子)を用いた治療成績
移植総回数 135回
移植あたりの妊娠率 11.1%
妊娠あたりの流産率 26.7%
胎嚢数多胎率 9.1%
日本産科婦人科学会の2015年度の統計結果では、新鮮胚移植・凍結胚移植あわせて、出生時数51,001のうち、1,087件の先天異常の報告があった。
先天異常率(先天異常/生産+死産+人工流産)は全体で2.13%(抜粋して計算)
引用元:2015年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績および2017年7月における登録施設名
どの程度までを異常とするかによってその頻度は異なりますが、自然妊娠での先天異常の発生頻度は、一般的には全体の3~5%程度といわれています。
上記の資料と比べても、体外受精はにおける先天異常の割合は全国平均値内ということがわかります。
また海外では、不妊治療での出生児は自然出生児に比較して先天異常の発生率が1.37倍という報告もあるそうですが、不妊治療における背景(年齢やスペック)を考えると、そのまま鵜呑みにしてもいいか意見が分かれるところのようです。
ちなみに発達障害と不妊治療の関連性についてはこちら。
高齢出産による先天異常
40歳で妊娠した女性の流産率は全体の50%以上、生まれてきた子どもがダウン症になる確率は、20歳~25歳と比べると実に12〜16倍以上になるという調査結果が発表されています。
卵子の老化
卵子は、女性が胎児のときに一生分が作られます。
出産年齢が上がり、卵子が卵巣の中にある期間が長くなるほどダメージが蓄積されます。
これにより、遺伝子・染色体・DNAに異常が出て、生まれてくる胎児の先天的な疾患につながると考えられています。
流産の原因のほとんどが染色体の異常によるものなので、女性の年齢が上がるほど流産の確率も高まります。
卵子の老化についてはこちら。
体外受精児の身体発育・精神運動発達、疾患
体重・身長・精神運動発達などの身体発育については、体外受精児には特別の所見は報告されていません。
しかしながら、実際の長期的な報告が少ないのが現状です。
なぜ体外受精児の長期的な予後の報告が日本にはないのか
不妊治療と先天異常の増加の関係は、「ある」とも「ない」ともされておらず、一般的には「ないのではないか」といわれています。
このように結論がどっちつかずになっている理由としては、
(1)適切な対照群を用意するのが難しい
遺伝的な背景の差、年齢の差、生活環境の差などを考慮しなければならない
(2)不妊治療の内容・要因が様々
治療法が一定しない、治療法を選択する理由がひとつではない、治療法の組み合わせが多い
(3)先天異常の診断基準が一律ではない
どの機関で・どの医師が・どの時期に・どういった診断をするのか、など基準を統一することが難しく、異常の頻度が確立されない
といったことがあげられます。
学習能力や運動能力などに関しても同じことがいえるので、生活水準の幅が広い国では単純に比較できないところもあります。
体外受精と小児がん
米国の体外受精(IVF)による出生児27万5686人と自然受精による出生児226万6847人を対象に、体外受精と小児がんの関連を過去の診療記録を遡及した結果、体外受精児の方がハザード比1.17倍となる報告がありました。
また、肝腫瘍の発生率はIVF群の方が非IVF群より高く、ハザード比2.46倍となり、その他のがんの発生率に群間差はなかったそうです。
文献:Spector LG et al. Association of In Vitro Fertilization With Childhood Cancer in the United States. JAMA Pediatr. 2019 Apr 1:e190392. doi: 10.1001/jamapediatrics.2019.0392. [Epub ahead of print]
体外受精と高血圧
ベルン大学(スイス)の10歳代を対象にした血圧測定の研究では、不妊治療(ART)により生まれた若者の群では、対照群に比べて24時間血圧の平均値が高く、血圧変動も大きいことが分かったそうです。
また、ART群では8人(約15%)が高血圧の診断基準(130/80mmHg超)に達していたのに対し、対照群では1人で、米国では10歳代の高血圧の有病率は3.5%(推定)と比べても高かったと言います。
しかしながら、まだ体外受精の歴史が浅いこともあり、ARTで生まれた人が重大な疾患を発症するリスクが平均を上回るかどうかはまだ結論づけられないようです。
文献:[2018年9月14日/HealthDayNews]Copyright (c) 2018 HealthDay. Meister TA, et al. J Am Coll Cardiol. 2018; 72: 1267-1274.
海外における体外受精児の予後
学習能力やその他の環境要因が大きく関わってくる分野においては、若い世代の福祉に力を入れていて、幼少期から一定の水準で、同じ条件下による教育を受けられる環境が整っている諸外国の研究報告が、比較的参考になると考えられます。
しかしそういった国際的な不妊治療の追跡調査も、実際には診断基準が不明確です。
それぞれの報告結果が真逆なことも多くあり、同じ卓上で論議するには信頼性が確実とは言えず、ひとつの研究報告として認識するにとどめるべきだと言えます。
また、一部の先天異常などのリスクは、女性や男性の年齢や、その他の様々な因子によって左右されるものもあり、もともと不妊治療を受けるカップルの多くが、そういった問題を抱えていることが考えられます。
そのため、「体外受精そのもの」が原因なのか「年齢などによるもの」が原因なのか、その因子をハッキリと結論付けるには、大規模な調査とさらなる長期的な観察が必要になってくるのです。
体外受精における妊娠率についてはこちら。
一般的な先天異常について
そこでまず、体外受精児に限らず、自然妊娠時も含めた全体の先天異常の実情についてまとめました。
先天異常の割合
「先天異常」とは、生まれる前にその要因があり、生まれた時には既にその異常が存在するもののことをいいます。
先天異常は、ごく軽いものを含めると5歳までの小児のうち約7.5%にみられます。
重い先天異常は新生児の約3~4%でみられます。
また、複数の先天異常が1人の小児にみられることも当然あります。
- 先天性心疾患
- 多指症
- 口唇口蓋裂
- ダウン症候群
- 先天代謝異常
- 神経・筋疾患
- 内分泌疾患
- 血液疾患
- 免疫異常 など
このように、先天異常はまれではなく、赤ちゃん20人にひとりの割合で先天異常を持った子どもが生まれるといわれています。
また日本の乳児死亡率は世界で最も低い水準にありますが、その原因の1位は先天異常で約35%を占めています。
早産による後遺症のリスクについてはこちら。
先天異常の原因
- 遺伝
- 胎生期の環境要因
- 突然変異
- 原因不明
- 遺伝・環境の両方の要因
⒈遺伝
遺伝子が原因のひとつに、劣性遺伝病があります。
劣性遺伝病は、父親と母親から傷ついた遺伝子をひとつずつもらい、それらがふたつ揃うことで発症します。
両親は傷ついた遺伝子をひとつしか持っていない「保因者」だったので、病気は発症していなかったのです。
そして人間誕生から長い歴史を持つ私たちの遺伝情報の中で、傷ついた遺伝子を全く持たない完璧な人はいません。
皆、いくつかの「何らかの病気の原因」となる傷ついた遺伝子をもっているといわれています。
⒉環境要因
妊娠時の母親の感染症や生活習慣による先天異常はよく聞かれますが、その他にも因果関係が疑われているものとして、現在は農薬など環境化学物質汚染があります。
胎児期~小児期に多種類の環境化学物質にさらされると、脳発達に重要な神経情報伝達系、ホルモン系、免疫系の「小さな乱れ」が積み重なり、新規のDNA の突然変異など、特定の神経回路の形成異常を起こすと考えられています。
最近の研究では、日本人全員が放射能汚染も含めて、各種環境化学物質に常時さまざまな経路から複数合わさってさらされている現状が報告されています。
⒊突然変異
生殖系列のゲノムに起こる突然変異とは、生物の形質に親と異なった形質が生じ、これが遺伝する現象のことを指しますが、ヒトが生物である以上、進化するために避けることができない現象になります。
そして我々もまた、そういった突然変異を繰り返して生まれたとも言えます。
病気を司る遺伝子に変異体があっても、それだけでは病気と言えないし、将来病気になるとも限りませんが、突然そのように胎児の遺伝子に予測や説明のできない変化が起こる場合があるということです。
⒋原因不明
Gllstrap(1998)らによれば、先天異常の原因は約70%が原因不明とされています。
先天異常がある一定の割合で生まれているのは、このように誰しも完全に避けて通ることができない原因があるからと言えます。
つまり全員がある日突然、先天異常を持った子どもの親になる可能性があるというわけです。
低体重児のリスクについてはこちら。
不妊治療における先天異常とは
では、不妊治療における先天異常のリスクについてみていきましょう。
遺伝子や染色体に何らかの異常があった時に、それが淘汰されることなく出産に至った場合、初めて新生児の先天異常の増加として数値に現れます。
以下は、生存学創成拠点の各研究プロジェクトによって収集された文章・記事の中の「不妊治療と先天異常」を参考にしました。
体外受精の先天異常
不妊治療における出産児が増加している現状でも、先天異常につながる明確なデータはありません。
その理由として、自然淘汰があげられます。
受精卵の自然淘汰についてはこちら。
一般的に自然妊娠における自然流産率は約15%とされています。
流産胎児の染色体分析を行った結果、そのうちの約70%に染色体異常が認められるそうです。
つまり、着床後の妊娠初期のうち、約10%の胎児には染色体異常があることになります。
しかし、その中で染色体異常があっても生まれてくる力のある赤ちゃんは0.2%程度とされ、染色体異常の自然淘汰率は98%にのぼります。
もし体外受精の増加によって、妊娠初期の染色体異常を持った胎児の割合が倍に増えていたとしても、実際に出生まで至る赤ちゃんは全体の0.4%。
つまり染色体異常率の確率が1/500と1/250では、統計的仮説検定で得られる結論としては、有意差が出たとは言えないのです。
有意差なし
ただし、10万人規模の調査において、両群に1ポイントの回答率の差があれば、統計的には有意となる。
つまり、有意差が出るためには、統計的に10万人規模の調査が必要となってくるわけです。
体外受精による胚への何らかの影響があったとしても、染色体異常における着床後の自然淘汰、着床前の胚分割時における自然淘汰を含めれば、生まれてくる赤ちゃんの臨床データで差が出ないのは当然と言えるかもしれません。
顕微鏡受精における先天異常
しかし、顕微鏡受精における淘汰率は体外受精のそれとは違うという指摘があります。
顕微鏡受精は精子を直接卵子に注入するものであり、精子の染色体や遺伝子の異常が増加しているというものです。
顕微鏡受精での妊娠の、出生前診断(絨毛検査・羊水検査など)で見られた染色体異常のうち、性染色体トリソミーあるいは21トリソミーの頻度がおよそ1/100で、一般の新生児と比較して高いことが示唆されています。
このうち22対(44本)は「常染色体」と呼ばれ男女に共通しますが、残りの1対は「性染色体」といい、男性はXY、女性ではXXを持ちます。
- 13トリソミー…パトー症候群(13番染色体が3本になる)、発達障害
- 18トリソミー…エドワーズ症候群(18番染色体が3本になる)、発達障害
- 21トリソミー…ダウン症(21番染色体が3本になる)
このように、顕微鏡受精では「ダウン症の可能性が高くなる」という指摘があります。
顕微鏡受精は先天異常のリスクが高まる?
顕微鏡受精により先天奇形が増加すると指摘した論文や、精神発達の軽度の遅れを指摘した報告があります。
その理由として考えられるものをまとめてみました。
男性不妊における遺伝子異常の割合
顕微鏡受精を選択する大きな要因に精子の問題があります。
男性不妊についてはこちら。
男性不妊の患者に見られる、精子の異常の割合は以下の通りです。
乏精子症患者
精子数が20X106/ml未満では、2.2%
精子数が/ml未満では、6.6%
(性染色体異常とは限らず、常染色体異常も増加する)
無精子症患者
性染色体異常13.7%
精子の成熟に必要な遺伝子の異常
Y染色体上のAZFと呼ばれる領域は不安定であり、しばしば欠失や重複などの形の変化が生じることが知られています。
一般男性の3%~30%程度においてAZFの欠失が存在し、無精子症や乏精子症による頻度が高いとされていて、AZF領域の欠失は男性不妊症の重要なリスク因子のひとつと考えられています。
こういった男性不妊に見られる異常な遺伝子は、父親から男児へと引き継がれていくことになります。
顕微鏡受精の人工的操作そのものに起因する先天異常
⒈透明帯の損傷
顕微鏡受精では、透明帯にガラス管で穿刺し、精子を注入します。
実験動物では、この機械的損傷によって、1羊膜1卵性双生児が増加すると報告されています。
また、胚盤胞移植を含む生殖医療を受けた出生児では1卵性双胎の確率が増加することが分かっており、2卵性双胎児における血液キメラの発生率が増加するとの報告もあります。
透明帯によって守られた内細胞塊が破壊されるために、1卵性双生児になる可能性が上がると考えられ、特に1羊膜1卵性双生児は先天異常との関係があります。
これは孵化補助法においても指摘されているリスクになります。
⒉胚の成長に影響
減数分裂紡錘糸と呼ばれる「細胞骨格構造」への影響が考えられます。
細胞骨格は、細胞質内に存在し、細胞の形態を維持し、また細胞内外の運動に必要な物理的力を発生させる細胞内の繊維状構造。
細胞内での各種膜系の変形・移動と細胞小器官の配置、また、細胞分裂、筋収縮、繊毛運動などの際に起こる細胞自身の変形を行う重要な細胞小器官。
細胞骨格はすべての細胞に存在する。
それをさけるために、穿刺部位を慎重に見極めますが、それでも紡錘糸がその行為によって、本来あるべき場所から離れてしまう可能性が指摘されています。
つまり、胚自体の成長を変えてしまうリスクがあるのです。
⒊培養液など人工的なものの混入
わずかではありますが、培養液が精子とともに卵細胞質内に注入されます。
これをゼロにすることは難しく、カルシウム濃度が高い培養液が、受精卵の中でどのような作用を及ぼすかは判っていません。
顕微鏡受精の淘汰障害による先天異常
自然妊娠では数億個の精子の中から1個が選ばれます。
しかし、顕微鏡受精では人為的に精子を選択することによって、形態的に明らかに異常な精子が注入されることはなくとも、形態的に異常な精子であっても受精する場合があります。
これにより、自然淘汰の概念が根本から崩れてしまうことが懸念されるのです。
本来であれば、着床する前にはじかれていた精子で妊娠した場合、胎児に異常が起こることが少ないとは言えないことを理解しておく必要があります。
まとめ
- 自然妊娠と体外受精児の先天異常の発生率の明らかな差は証明されていない
- 先天異常は自然妊娠でもまれなことではなく、様々な因子が考えられる
- 顕微鏡受精による人為的介入が遺伝子や受精卵に影響を及ぼす可能性が報告されている
というおはなしでした。
先天異常についてはまだ完全に解明されたわけではなく、不妊治療の歴史も浅いため、世界中で研究されているものの、現時点での結論は出ていない状況です。
しかし自然淘汰のことを考えると、顕微鏡受精にステップアップする場合は、良く検討する必要があると言えます。
後になって後悔したり、途中で投げ出すことが許されないのが妊娠出産です。
不妊治療をすること自体が悪いのではなくて、高齢になることによるリスクや不妊治療におけるリスクを理解したうえで、「選択する」といったことが重要だということ。