現在、世界中で発達障害児が急増していることをご存知でしょうか。
「発達障害は脳の疾患で、症状の改善はするけど治るものではない」というのは聞いたことがある方もいると思います。
親になる身としては、生まれる前の要因があるならば、できるだけ排除したいと思いますよね。
発達障害の因子のひとつとして、不妊治療や高齢出産、特に父親の年齢が関係しているという報告があります。
今回は発達障害の現状とその定義、発達障害と不妊治療の関係、男性因子の関連についてまとめました。
目次
発達障害の現状
発達障害の頻度
- 自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群(ASD)
0.5%程度で男子に多い。
近年では出現頻度が1%弱まで上がっているという報告も。
- 注意欠陥多動性障害(ADHD)
児童期全体の5〜10%程度。
男子の割合が多い。
- 学習障害(LD)
著しい困難を抱える生徒は4.5%ほど。
(2012年の文部省の報告)
全国の公立小・中学校の普通学級の現場での報告によると、発達障害の可能性があるとされた小中学生は6.5%にのぼるとされ、一クラス30人に約2人いる計算になります。
これは全国の学校の先生に「発達障害と思われる」児童の数を報告してもらったもので、医師の診断ではなく、先生から見た判断がもとになっています。
医学的診断では、平成18年と平成25年の人数を比較してみると、自閉症は約3.1倍、注意欠陥多動性障害は約6.3倍、学習障害は約8倍に増えています。
発達障害の定義
「障害」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。
辞書によると、障害とは「正常な進行や活動の妨げとなるもの」。
正常とは「普通であり、変わったところがないこと」だそうです。
つまり大多数の定型発達の秩序から外れてしまったことを指しています。
しかし現在の医学界では、「障害」ではなく、「症」と呼ぶように提唱しているそうです。
「症」とは、つまり病気の気質という意味になります。
昔は、ヒトは誰もが定型の発達曲線を描いて同等に発達していくもので、発達障害は親の愛情不足や躾などの心因的なものが原因である、と考えられていましたが、それは間違っているとわかってきたからです。
ヒトの発達とは
- 発達のスピードは個々によって異なる
- 成長段階や能力が、すべて並列的に進むわけではない
- 生まれながらに「神経発達のずれ」が存在する
つまり発達障害の要因は「先天的な脳の機能障害」による、発達や認知の偏りという説が有力になっています。
そこで気になってくるのが生まれる前の影響、すなわち遺伝要因・環境要因についてです。
発達障害と不妊治療の関係
以下は、日本生物学的精神医学会誌23巻3号の生殖補助医療と発達障害の関連を参考にしました。
ASDの遺伝要因と環境要因
最近行われた大規模な双生児研究で、自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群(ASD)の発症一致率は、一卵性で60~70%、二卵性で20~30%という結果でした。
一卵性の双子の遺伝子はほぼ同じですが、二卵性の双子は遺伝子的に別個の個体になります。
双子の違いについて詳しくはこちら。
その中での発症一致率の高さは、すなわち双子による「共有環境」が原因となって発症していることを示唆しています。
この対照群の比較では、ASDの遺伝率は約40%と低く、環境要因の関与が約60%と高い、ということがわかりました。
具体的に環境要因とは何かというと、ASDが乳幼児期に発症することから、出生前の要因(両親の年齢・受精・妊娠・胎児期・周産期など)であると考えられます。
ASDの頻度増加と不妊治療の出生児
不妊治療が要因のひとつと考えられた背景には、出産の高齢化や不妊治療による出生児の増加と、自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群(ASD)の発症増加の時期が重なることがあげられます。
また、顕微鏡受精で異常の増加が報告されている疾患が、ASD発症の因子と重複していることで、その関係性を指摘する声があります。
ASDと関連が考えられている異常因子
de novo変異
親から受け継いだ変異ではなく、新しく発生した変異のことで、両親には存在しない突然変異。
DNA複製過程のエラーによって生じ、その範囲は微笑のものから大きな変異まで、さまざまなサイズのものがある。
コピー数多型(CNV)
1細胞あたりのコピー数が個々で異なるゲノムの領域のこと。
顕微鏡レベルでは観察されない微小な染色体異常。
エピゲノム異常
DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子の働きを決める仕組みを「エピジェネティクス」という。
その情報の集まりが「エピゲノム」で、それらの異常が病気の「なりやすさ」に結びつく。
これらASD発症因子は、顕微授精でも「de novo変異やCNVの染色体異常が増加する」と報告されていていたり、不妊治療後の妊娠に「エピゲノムの異常に起因する疾患が多い」という報告もあります。
このようなことから、発達障害と不妊治療の関連性が考えられているのです。
各国の発達障害と不妊治療との関連に対する報告
しかし結論から言うと、自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群(ASD)に関しては、各国でその研究結果が異なり、不妊治療との関連性は未だに確立されていません。
以下が「発達障害と不妊治療での出生児の予後」の関連を調査した各国の統計研究の結果になります。
①デンマーク
不妊治療の出生児は自閉症のリスクが有意に低下する。
✖️しかし母の年齢・教育レベル・出産回数・喫煙・出生体重・多胎の有無で補正するとリスクの低下も含めて、関連なしとなる。
②イスラエル
○不妊治療の出生児は自閉症のリスクが約3.5倍高い。
③フィンランド
ASD、注意欠陥多動性障害(ADHD)、チック障害などを含む広い診断で体外受精がオッズ比1.68倍のリスクがある。
△ただし多胎による影響を除外していないため、単純に比較はできない。
③スウェーデン
児童の問題行動の調査で、補正後オッズ比1.74倍と不妊治療がリスクになる。
✖️ただし、早産児などのトラブルを考慮して正期産児に限った解析に補正すると、オッズ比1.10倍となり、有意なリスクはなくなる。
○注意欠如多動性障(ADHD)に関する研究で、補正の結果オッズ比1.18倍のリスクがある。
△顕微授精で児のコミュニケーション能力の低下や、自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群(ASD)の増加(87人中3人)が観察されている。
④東京大学病院での調査
○不妊治療による出生児の自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群(ASD)は 467人中21人(4.5%)で、1.8倍のリスク増加があった。
✖️注意欠陥多動性障害(ADHD)64名とトウレット障害(音声チックを伴い複数の運動チックが、一年以上持続する精神神経疾患)83名の中ではリスクの差はなかった。
結論:不妊治療と発達障害の関連性って?
自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群(ASD)については相反する結果が報告されていて、その関連性ははっきりしていません。
注意欠陥多動性障害(ADHD)や、広義の行動障害のリスクについては、弱いながらも有意な関連を認める報告があると言えます。
発達障害の遺伝子とは
自閉症関連遺伝子は最近までに数百も見つかっているそうです。
さまざまな変異の組み合わせにより、「発症のしやすさ」を決める遺伝子が組み込まれていると考えられています。
以下は、臨床環境医学(第23巻第1号)の自閉症・ADHD など発達障害の原因としての環境化学物質を参考にしました。
発達障害になりやすい遺伝子とは
ハッキリと原因遺伝子が特定される疾患もありますが、最近増えている「軽度の自閉症」ではこのような原因遺伝子は見つかっていないそうです。
また、多くの自閉症児にみられる共通の遺伝子変異も発見されていません。
それは発達障害の発症メカニズムが「神経回路(シナプス)形成異常」であるため、数千以上の小さな遺伝子変異の組み合わせと相互作用による「多因子遺伝」であるからと考えられています。
そのため個人によって発症因子が異なり、結果、はっきりとした原因がわかることが少ないのが現状です。
発達障害と診断された場合、「なりやすい背景がある遺伝子」を生れながらに持っていたためと理解するしかないと言われています。
発達障害と環境問題
発達障害の環境要因のひとつに「環境問題」があります。
- 農薬
- 環境化学物質汚染
- ポリ塩化ビフェニル(PCB)
- 放射能汚染 など
胎児期、小児期に多種類の環境化学物質にさらされると、特定の神経回路が「形成異常」を起こし、発達障害を発症すると考えられています。
また、両親が加齢により長らく環境化学物質にさらされると、生殖細胞のDNAに傷がつき、染色体異常を起こすことも懸念されます。
ミトコンドリア異常
自閉症児にミトコンドリア異常があることが報告されています。
脳にとってエネルギー源のミトコンドリアはとても重要です。
そのミトコンドリア機能を阻害する環境化学物質に、農薬などが関係していることは有名な話です。
ヨーロッパでは農薬にさらされる職業に従事している場合、パーキンソン病(脳の異常のために、体の動きに障害があらわれる疾患)を職業病と指定しているほど。
脳の疾患である発達障害にも同じような影響があると考えられています。
発達障害にみられる父親因子
発達障害と男性因子
人間の場合、親子を比べた時、突然変異は圧倒的に父親から受け継ぐことが多い。
しかも、精子に起こる変異数は父親の年齢に応じて変化し、人間の場合父親の年齢が1歳増えるごとに突然変異の頻度は1年間に2.51ずつ(母親の3.5倍)増えていく。
自閉症児で両親の遺伝子にはないde novoの突然変異を持つ例が数多く発見され、自閉症の発症に関わるという報告がされています。(de novo変異)
両親は健康で問題がなくても、子どもにだけ発症するので、遺伝性でなく予測が付きません。
その中で、自閉症の発症は出生時の父親の高年齢化と相関関係であることが明らかになっています。
これは父親の精子のDNA上の「突然変異の蓄積」が原因と考えられています。
突然変異による精子の異常
精子にはDNAの修復機構がまったくありません。
つまり、永く生きれば生きるほど、遺伝毒性物質や放射線曝露による「DNAの突然変異」が精子を産生する生殖細胞の遺伝子に長いあいだ蓄積されることになります。
出産時の男性の高齢化が進むことによって、発達障害の原因になる「突然変異を持った精子」を持つ父親が多くなり、自閉症の増加につながっていると言うわけです。
父親が高齢だと精神障害のリスクも高くなる
実際に、自閉症スペクトラム障害の出生児と関連があるのは、出産のときの母親の年齢ではなくて、父親の年齢によるものだと指摘されています。
米国医師会の精神医学専門誌(26日号)に掲載された研究によると、父親が45歳か20代前半かで比べると、45歳の方が様々なリスクが高くなることが報告されました。
父親の高齢化によるリスク
- 自閉症スペクトラム障害を患う可能性が3倍
- 注意欠陥・多動性障害(ADHD)を患う可能性が13倍
- 双極性障害(躁うつ病)を患う可能性が24倍
また、父親が40歳以上の場合、20歳の父親に比べて自閉症の子供が生まれる可能性は約6倍も高くなるそうです。
このように、現在の疫学的研究では、高齢の父親から生まれた場合、自閉症・多動性障害・鬱・統合失調症などのリスクが多くなるとされています。
男性の年齢が上がると妊娠の成功率が低下する
妊娠までにかかる期間
- 20代まで 約6か月
- 30代~40代前半 約10か月
- 40代後半 約18か月(1年半)
- 50歳以上 24か月(2年)以上
1年間での累積妊娠率
- 20歳未満 90.4%
- 20~39歳 78.4%
- 40~49歳 62.6%
- 50歳以上 25%
上記のデータからも男性の年齢が高くなると妊娠までにかかる期間が長くなり、男性の妊孕性が加齢とともに低下していることがわかります。
女性の加齢を補正しても、男性の年齢だけでも上昇するということがわかっているのです。
実際にヨーロッパの調査では、男性が40歳以上の場合、相手の女性が20代であっても妊娠率が25%低下、女性が30代後半の場合では妊娠率が50%低下する、という結果が報告されています。
加齢と遺伝子異常の関係
このように男性は40歳を過ぎると、一般的に生殖能力が低下し、流産のリスクも高くなることがわかっています。
では精子のDNAの欠陥はどうして起こるのでしょうか。
精子の細胞が分裂時に起こす異常とは
精子は卵子と異なり、高齢まで分裂増殖している細胞です。
そして突然変異には、大きな遺伝子の変化(DNAの挿入、欠落、逆位など)と、小さな遺伝子の変化(塩基が別の塩基に変化または欠落)分けられます。
この小さい変化は「点変異(point mutation)」と呼ばれ、 精子の基の細胞(幹細胞)が増殖するに起きているとされています。
つまり、歳をとって分裂回数が多くなるほど遺伝子配列にミスが起きやすく、結果として1年間に約2個の点異変が起こると推計されています。
単純に20歳と40歳を比べれば、精子の微細な遺伝子異常は、約40個増えるわけですね。
もちろん身体の構成に関与しない部分で起こる場合もあるので、単純には比較できませんが、影響が出る可能性が高まることは確かです。
発達障害は自然淘汰の網からもれやすい?
また、微小な変化のゆえに、自然淘汰の原理が働かないことが指摘されています。
自然淘汰と先天異常についてはこちら。
突然変異の遺伝子の変化が大きいと、そもそも着床しなかったり、妊娠できても化学流産になり、生まれることができてもすぐに先天的な異常があるとわかります。
しかし点変異による精子の異常は、出産まで問題がなく、ある程度成長が進んだ時点で「なんとなくおかしい」と気がつくような、発達障害の因子になると考えられています。
精祖細胞の異常
遺伝子の突然変異は、精粗細胞(雄の精巣の中にある精子のもと)が分裂して複製される際に起きます。
突然変異のなかには異常な分裂を起こす「利己的精祖細胞」が、突然変異した精子を爆発的に増殖させていることが分かっています。
このように、精子のDNA修復機構がない性質や、精子を作る過程により、遺伝子に微細な変化を起こし蓄積していきます。
父親の年齢が40歳を超えると、遺伝性疾患・自閉症・双極性障害(躁うつ病)などのリスクが増加し、父親の年齢が子どもの知力にも影響するという報告があるのも、加齢による遺伝子異常の可能性が上昇することが起因と考えられています。
発達障害児の増加ついて
以上のように、発達障害の増加の一因には、不妊治療をする両親の背景、特に父親の加齢が関連していると考えられています。
しかしそれ以外にも、社会的・医学的注目から診断の機会が増えたためとの見方もあります。
発達障害の診断基準が変更された
かつては、広汎性発達障害のなかに自閉症、アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害などが分類されていました。
そのため、各国で診断基準が異なるなど曖昧な部分も多かったのです。
しかし近年では、症状の軽い状態から重度の状態までをスペクトラム(連続性)としてとらえる、自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群(ASD)という概念に統一されました。
そのことで、ASDの範疇に該当する人の割合が増えたと考えられます。
発達障害の認知度が上がった
日本の場合は発達障害者支援法が施行されたことにより、保健・福祉・教育などの関係者に発達障害が広く知られるようになったことも、発達障害の増加につながっています。
発達障害者支援法(平成16年12月10日法律第167号)は、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥・多動性障害などの発達障害を持つ者に対する援助等について定めた法律である。 全25条。
発達障害が広く認知されることにより、乳児健診や、保育園、学校などで指摘されたり、親が「なんとなくおかしい」と感じてインターネットで調べて疑いを持つこともあります。
こうして発達障害の疑いがある子どもの裾野が広がり、受診率が上がると、昔であれば障害の枠に入らなかった子どもたちが何かしらの「発達障害」の診断を受けることになります。
子どもに対して社会がおおらかだった時代には「少し変わった子」で終わっていた場合も、今の日本社会は「発達障害の子ども」として認識されてしまう世の中に変わってしまったと言えます。
そして現代に「大人の発達障害」が増えているのは、2005年以前に子供時代を過ごし、障害の可能性を見落とされて大人になった結果、「生きづらさ」を感じ、発達障害の知識を得て受診しているからかもしれません。
まとめ
- 重度の発達障害に関して、不妊治療の関連性は示唆されているものの、確実には認められていない
- 軽度の発達障害に関して、両親の加齢などの背景もあり、不妊治療の関連性は弱いながらも認められている
- 特に父親の持つ遺伝子は、発達障害や精神疾患と深いかかわりを持つとされている
というおはなしでした。
以前に「先天異常と不妊治療」の関係について記事にしましたが、今回は「発達障害と不妊治療」について調べました。
先天異常についてはこちら。
発達障害の増加は様々な要因が考えられるので、簡単に結論を出すことができません。
そもそも、こんなにも医療が発達しているというのに、脳については不明な点が多く残されているのが現実です。
また、自閉症の発生率は軽度を含めて多く見積もっても1%で、その中でのリスクが高まるという話なので、あくまでも「確率」で「絶対」ではありません。
高齢であることや不妊治療に対してそこまで悲観することはありませんが、顕微鏡受精や父親の高齢化が「発達障害のリスクを高めている」という事実を知っておくことは必要だと思います。
いつまでも若い気持ちの元気な30代、40代が増えているので、加齢による生殖能力の低下とリスクと聞いてもピンとこないかもしれませんが、子供をもつ時期については夫婦間でよく話し合われることが大切ですね!